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マンション査定には、コツがある!

投機筋がねらわないはずはなかった。 一九九七年春からのドル高・円安の流れは、アジア各国の輸出競争力を低下させ、対外収支を悪化させていった。
ドルと自国通貨の連動性に固執するアジア諸国の足元を市場が突いた格好となったのである。 結局、今回の通貨危機の根底にある大きな原因は、アジア各国が米ドルに偏重してきたからに相違ない。
日本は国際通貨基金(IMF)と協調した緊急融資や、タイとのレポ協定の発動など、アジア市場安定に向けて必死であった。 しかし一九九六年四月に日本がアジア諸国と結んだ通貨安定のためのレポ協定の根幹の仕組みは「米財務省証券を担保として(市場介入用の)ドルを融通する」ものである。
アジア諸国の貿易額に占める域内貿易の比率が全体の三分の一を超えたにもかかわらず、外貨準備を米ドルに頼る体制はいかにもチグハグであアジアの長期的な通貨安定をねらうなら、欧州通貨制度を念頭に置いて、「ドル偏重を改めた自前の通貨制度づくり」をしなければならない。 一九九七年六月一十三日、日本の橋本首相は「米国債を売りたい誘惑にかられたことがある」と発言し、世界の金融市場は動揺したが、日本を含めたアジアは、アジア通貨危機でより一層米ドルの重みを再認識させられてしまったのである。
そして九七年七月十八日、タイの夕ノン蔵相が訪日する。 目的は「タイ・バーツ防衛のための援助要請」。

このタノン蔵相の訪日により確認されたのが、次の三つの対策を柱にした日本の包括的なバーツ支援策であった。 @日本からの介入資金援助。
日本からもバーツ防衛のための介入用ドル資金の援助をする。 その際、「米国債を担保とした最大十億ドルの介入資金」を融通するレポ協定を活用する。
A邦銀のタイ向け融資枠の維持と拡大。 邦銀はタイの対外債務九百億ドルの半分近い四百億ドルを融資しており、これらは開発事業などを対象としたプロジェクトファイナンスを除けば、一年以内に返済期限を迎える短期貸出しである。
タイの短期債務は邦銀分だけで百数十億ドルにのぼる。 外貨準備高が五月時点の百三十億ドルから大きく目減りしたタイにとって、邦銀からの資金流出を避タイはこのような日本に対する援助要請の一方で、〃スヶープゴート探し〃を行なっている。
七月中旬、タイ警察当局は野村証券のタイ現地法人と、ABNアムロ銀行系の証券会社に対して「銀行経営破綻の風説を流布した」として強制捜査を行なったのである。 当然ながら両社は真っ向否定。
このような、経済悪化を棚上げにしたスケープゴート探しは結局は政府批判を煽ることになった。 日く「絶望的な政府による絶望的な行動」。
今回の通貨危機にともなう日本のアジアに向けての援助は、避けて通れない面もある。 一九九五年の超円高時、日本は「アジアの時代」「円の経済圏」を標梼し、自国通貨をドけるのが当面の至上命題。
よって邦銀の融資枠の維持・拡大を確認。 BIMFなどの公的金融支援。
IMFの短期つなぎ資金融資(スタンドバイ融資)や三年程度の拡大信用供与に関して注文をつけられることからタイ国内では慎重論も多いが、IMFの支援受け入れを日本輸出入銀行の融資条件に据える構えであった。 ルに連動させるアジア諸国・地域の競争力を高め、怒涛のようなアジア直接投資を行なっていった。
東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心にしたアジアに生産拠点を移管、これがASEANの工業生産を拡大し、高成長の牽引役となっていった。 米ドルとリンクしているASEAN諸国の通貨は円に対して大幅に安くなり、日本製品に対する価格競争力を増していったのである。

しかしその後の二年間で、四割近い円安・ドル高が進むと状況は一変する。 ASEAN諸国は日本に対する価格競争力を急激に失い、今回の通貨危機につながっていったのである。
この円安にともなってタイが約三五%、インドネシアが約三○%、フィリピンが約一○%、マレーシアが約一五%と、各国の通貨も対ドルで下落したのである。 為替相場だけ。
で競争条件を比較してみれば、タイだけがようやく日本とほぼ対等に戦えるといった状況である。 このような状況のなか、アジアに進出した日本企業は現地での稼働率を下げ、再び日本国内に生産を移しつつある。
結局、日本企業がグローバル化した分、アジア諸国が振り回される結果となったのである。 アジア諸国の通貨当局が、外貨準備を取り崩して介入をくり返す一方で、高金利を維持して必死に自国通貨防衛をくり返す絶望的な展開のなか、経済における根本的な原因を探ることなく、通貨混乱を投機筋の影響と結論付けることで〃一時逃れ〃をする傾向が顕著になってきた。
そうしたなか、ジョージ・ソロスの名前が登場してくるのは、九七年七月下旬の東アジア・太平洋中央銀行役員会議(EMEAP)とASEAN外相会議が行なわれた頃からであった。 ソロス糾弾の急先鋒となったのは、マレーシアのマハティール首相であった。
ソロスを「ごろつき投資家」あるいは「国際犯罪人」と称したのである。 しかしソロスは「投機規制は破滅につながる」と、非公式に次のように真っ向から反論している。

@資本市場の国際ルールは自由な売買機会が保証されていることであり、個人に対する非難は的はずれである。 しかしこれまでも英ポンド売りを仕掛けたときなど、一時的には激しい非難を浴びた経験は多くある。
投機資金に対する政策当局者の怒り・不満はいまに始まったことではない。 A市場原理と政策原理は必ずしも相容れることはない。
B市場の実態を見誤った政策が打ち出された場合、それは絶好の投資機会となる。 我々はそのような投資機会は見逃さないし、そのようなスタンスはモラルの問題ではない。
Cアジアの混乱は一九八○年代初頭の中南米、一九八○年代後半の米国、一九九○年代に入ってからの日本と同様である。 共通しているのは、巨額の投資資金が市場に流入してバブルが発生、その後膨張・破裂するといったサイクルである。
D国際資本の導入を高度成長につなげてきたアジアにとっては最初の試練であり、投機的な資金を金融当局が一○○%管理下に置けないという資本主義の〃負の局面〃に直面し八月十五日午後、香港ドル相場は香港金融管理局(香港の中央銀行UHKMA)の防衛ラインとされる一ドルU七・七五香港ドルを突破しそうになり、HKMAは大量の香港ドル買い介入に踏み切る。 この大規模な介入により、同日の香港金融市場は資金不足に陥り、香港ドル金利は急上昇する。
これを受けて上昇基調にあった香港株式は急反落、指標のハンセン指数は前日終値比約四○○ポイント安の一六○九六で取引を終了した。 E市場介入をいくらくり返しても市場の信任を得ることはできない。
市場介入は、世界を駆け巡る世界の投資資金に完壁に勝つことは不可能である。 F世界のヘッジファンドは、現在のところ自由な売買を保証されている香港金融市場に対して今後、中国政府がどのような政策を組むかに注目している。

この反論のなかで、それまで欧米の金融市場をその主要戦線としていたソロスは、東南アジアを手始めに、アジアに向けて戦線を拡大していったことを非公式ながら認めたことになった。 そしてソロスが、〃最後の砦〃香港ドルに実際に着手したのは八月中旬のことであった。

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